地理学者が哲学に目覚めたら最強だった説

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

2 是非を問う力

『風土学序説』に出会って この日本社会で枢要なことはすべて、科学を初めとする学問に裏づけられている。 だから僕はかつて、自分にとって信じがたいくらい理不尽に感じられる個人主義や資本主義が僕のまわりの人たちから支持されている理由も、彼らが僕の…

1 偶然でも必然でもなく

この世の原理としての「風土」 環境可能論に則った地理学を元に風土学を研究したベルク氏は、現実においてあらゆる物事が起こる原理を考えた。 近代思想においてそれは偶然と必然の二択だと断じられていた。 ベルク氏はその姿勢を批判しながら、それらの中間…

1 風土学を検証しよう

あなたと風土学本論を始めたい 『風土学序説』は人間が無意識に認識している現実のあり様とそれにふさわしい論理のあり方を論じた本である。 その結論は、人類はみな先天的かつ後天的に1つの構造を受け継ぎながらその構造の上で無限に多様な性質を現し、そ…

8 人間性に焦点をあてて定め、運用するルール

精神的・肉体的なかたよりが問題にならないくらい懐の深い社会作りを目指してはどうか 個人的/社会的な認識の部位のかたよりが、当人の健全なふるまいを阻害し、他者と隔てる。 人間は自他の多様性を尊び自分の人間性を発揮すれば、自ずから争いごとから遠…

7 この世界のルール

国や民族という観点から人間をまとめて扱おうとする態度は人の道からはずれている思う 世界中で平和を支持する人が「人間一人ひとりと知り合って話せば、そこに敵になるような人はいない」と言っている。 風土学の視点から、僕は彼らの意見を支持する。 「国…

6 風土学は政治の普遍的原理にあたる論理を示す -6

人間の利害や価値観の不一致が招く人的リスクも喫緊の課題である 風土(エクメーネ)はあくまでも理論上の概念である。 ある場にいる人全員が風土性という人間の原点に立った人間性を発揮すれば、その中からは誰かにとっての敵たる人間存在が消える。 本書の…

5 風土学は政治の普遍的原理にあたる論理を示す -5

行政以外の政治 前に述べたとおり、政治とその論理すなわち倫理は人が他者と出会う際に同時に発生する。 世の中の政治には、容量の問題で誰をも受け入れることの許されない類のものも多数存在する。 たとえば日本社会では人が1度に恋愛すべき人は1人までで…

4 風土学は政治の普遍的原理にあたる論理を示す -4

もし風土学の視点の正当性が世に認められれば、人間のあらゆる政治のしかたがトップダウン(上意下達方式)優位からボトムアップ(積み上げ方式)優位に変えられるかもしれない 拙ブログを書き始めた時、僕は風土学の論理には日本人の政治離れを止める力があ…

3 風土学は政治の普遍的原理にあたる論理を示す -3

間接民主制に有権者全員が主体的に関わる手順 自治体や国の規模で行われる政治では市民/国民全員の心身の実体(土性)を把握することが困難なため、日本では間接民主制がとられている。 たとえそのように理屈とは異なる方法で政治が実現されているとしても…

2 風土学は政治の普遍的原理にあたる論理を示す -2

風土学が提示する"風土「として」論理" 以下、僕が本書を読んで考えたことを述べる。 ベルク氏が提唱した風土学の視点は、主体的問題の原理を明かす。 よりわかりやすい言い方にすると、ある場にいる主体にとってある命題が適当か否かを判断する論理的な基準…

1 風土学は政治の普遍的原理にあたる論理を示す -1

政治と倫理の邂逅 人が物をどう扱うべきかという問いは倫理学の範疇である。 物を扱う人が2人以上に増えた際、その問いは倫理と同時に政治の色を帯びる。 バッタリ行きあたった2人が道を譲り合うひとときの「アッ スミマセン」から一国の政治まで、ある場に共存す…

5 現実を直視する

こうできる=生物全般が持つ能力 昨今日本の大衆の共感を集める表現やその自発的な動きを見ていると、かなり大勢の人が、その主体性の有無にかかわらず、心の底では和辻氏とベルク氏が提唱するような風土性という原点に立った人間性を強く求め発揮したがって…

4 僕がいま本書ををあなたに紹介しようとした理由

人間の風土性 国民性やお国柄という言葉がある。 世界を見渡すと、確かにこの世界にそれはあるように感じる。 そして風土学は、それを説明するにふさわしい理論と枠組みをそなえている。 p.224 mediance(※風土性)は特定の風土の特異な性質という意味になる…

3 風土学はまだ序説である -3

他者と対話する努力とロマンチズムの現実性 日本で昨今「泣ける」物語が流行し求められる傾向は、以前に触れた「君の名は。」ブームにも似た共同体への郷愁が呼び寄せていると思う。 僕らがそのような物語に無意識に求めているものは物語自体の様相ではなく…

2 風土学はまだ序説である -2

学問としての序説だったのか? ベルク氏は『風土学序説』を書いた後に京都大学で教鞭をとっていたという。 僕は本書を読んで以来ずっと、なぜ彼の地から風土学が本格的に勃興しないのか、疑問に思っている。 もしかすると本書の題名はやはり本書が風土学とい…

1 風土学はまだ序説である -1

あなたにとっての序説 「序説」という語は、本題に入る前の前置きにあたる論説という意味をもつ。 『風土学序説』が出版された当時、僕はその書名を見て「ベルク氏は将来、風土学の本論にあたる論説を発表するつもりなのだろう」と考えた。 しかしそのような…

11 認識と現実の矛盾をどう処理するか

近代思想の論理的矛盾 ベルク氏は本書において、地理学を発展させながらその存在意義を失わせようとした近代思想の歴史と本質をも検討した。 そして述語論理を受けつけなかった近代思想の視点は、科学の範疇となり得ないような風土の風性/土性を科学的知識…

10 風土学の理想

論理と理性と価値観 風土学自体は「風土」という枠組みと地理学に内在してきた「として」で成り立つ論理を示す学問であるが、判断や行動においてある論理を採用する人間の意思は理性と呼ばれる。 科学という破格の力を手中におさめた僕たち人間が世界を分析…

9 近代を終える時

近代思想がやっと非近代的な活動を支えている思想に追いついた 拙ブログを執筆していた2017年暮れから翌年の正月にかけて、僕はつけっぱなしのテレビを横目に本書の要旨を考察するにつけ「風土学ってまるで大河ドラマのタネ明かしみたいだな」と思っていた。…

8 自由な行動の現実的な限界 -3

場における役割において(責任を感じて)行動する⇒結果的に本人にとっても関係者全員にとっても意味のある行動になる 人間を他の生物から分けた人間性の本来の由来は、仲間と共に生きてさらなる自由を求めることだった。 言葉も道具も本来、その文脈で「自分…

7 自由な行動の現実的な限界 -2

同じことを成しても、リスクを問題視して(=その場における責任感をもって)するのとそうしないでするのでは、それを行う(結果ではなく)意義に天と地ほどの開きが出る 何事も当たり前には実現しないととらえ常にリスクを意識し続けるのは、ストレスフルな…

6 自由な行動の現実的な限界 -1

人間は(他の生物と同様に)己に可能な範囲内ではまったく自由にふるまうことができる ラ・ブラーシュがその礎を築き今日の地理学を支えている環境可能論に、客観的な観点から異を唱える人はいないだろう。 人間は自分の環境で可能な限りあらゆることをし得…

5 近代西洋の論理 vs 風土学の論理 -2

現行の論理をとるか、風土学をとるか 風土学を支持する人は、自分と同類である(なんらかの文明において生きている)人間つまり人類(ただし文明を否定する人は除く)の中に敵は一人もいないということになる。 人類はみな、形は異なっても相互に通訳可能な…

4 風土学の画期的な点

風土学は人間性とその本来的な実現過程の理論を、その実践から切り離して求めた 現実に起こる現象のそして存在する事物や人の多様性を認めよ、つまり実存せよ、とは古来仏教等の様々な宗教的・哲学的な教義の説いてきたところである。 そういった教えはみな…

3 近代西洋の論理 vs 風土学の論理 -1

対立しあう論理を同時に支持することはできない 自分の力を、自分のおもむき(自分らしさ)と一致する場(仲間)を探し、選び、自分のおもむきをその場のおもむきと共に深めていくことにつぎ込むか。 それとも自分の力を、自分と自分が仲間と認めた者をいま…

2 「風土」はミリューからエクメーネへ -2

風土(エクメーネ)は人類固有の普遍的な地域性とでもいうような概念である 多様な生き方をするように生まれついた僕らは、自分と異なる文明や価値観に沿って生きる人間を敵だとみなし排除したくなることが多々ある。 僕らは自分と異なる物を異邦人だとみな…

1 「風土」はミリューからエクメーネへ -1

ある地域性はある人の主体性が及ぶところまで広がる 近代化以前、世界中に存在した共同体では、人間一人ひとりの風物身体は本人が属する地域共同体とほぼ一体であった。 その共同体の一員「として」どうふるまうべきか。 たとえば〇〇をどのように扱うべきか…

5 社会の「風土」をもし可視化したら -3

人の人間性におけるポテンシャルには個体差がある 人間の世界観の大きさにおける個人差には限度があるが、その技能や感受性の深さや密度に比例する現実実現力の大きさにはほとんど際限のない個体差があると僕は思う。 ベルク氏が風土学を「至高な次元にある…

4 社会の「風土」をもし可視化したら -2

分業社会と人間力 僕は拙ブログで『風土学序説』の内容を歪めず拡大解釈もせず紹介する所存である。 しかし、ベルク氏の態度について、一言もの申したいことがある。 p.332 だれもが同じように、風物身体のすべての側面にかかわるわけではない。たとえばわた…

3 社会の「風土」をもし可視化したら -1

近代的観点から見た人間とその幸福度 20世紀末頃まで優勢だった、そして現在も制度上保護されており正面切っては否定され難い近代的な価値観は以下のようなものだ。 人は自分の体をもって環境<地球<宇宙空間の中に存在する 人は物財をたくさん所有していれ…