地理学者が哲学に目覚めたら最強だった説

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

7 自由な行動の現実的な限界 -2

同じことを成しても、リスクを問題視して(=その場における責任感をもって)するのとそうしないでするのでは、それを行う(結果ではなく)意義に天と地ほどの開きが出る 何事も当たり前には実現しないととらえ常にリスクを意識し続けるのは、ストレスフルな…

6 自由な行動の現実的な限界 -1

人間は(他の生物と同様に)己に可能な範囲内ではまったく自由にふるまうことができる ラ・ブラーシュがその礎を築き今日の地理学を支えている環境可能論に、客観的な観点から異を唱える人はいないだろう。 人間は自分の環境で可能な限りあらゆることをし得…

5 近代西洋の論理 vs 風土学の論理 -2

現行の論理をとるか、風土学をとるか 風土学を支持する人は、自分と同類である(なんらかの文明において生きている)人間つまり人類(ただし文明を否定する人は除く)の中に敵は一人もいないということになる。 人類はみな、形は異なっても相互に通訳可能な…

4 風土学の画期的な点

風土学は人間性とその本来的な実現過程の理論を、その実践から切り離して求めた 現実に起こる現象のそして存在する事物や人の多様性を認めよ、つまり実存せよ、とは古来仏教等の様々な宗教的・哲学的な教義の説いてきたところである。 そういった教えはみな…

3 近代西洋の論理 vs 風土学の論理 -1

対立しあう論理を同時に支持することはできない 自分の力を、自分のおもむき(自分らしさ)と一致する場(仲間)を探し、選び、自分のおもむきをその場のおもむきと共に深めていくことにつぎ込むか。 それとも自分の力を、自分と自分が仲間と認めた者をいま…

2 「風土」はミリューからエクメーネへ -2

風土(エクメーネ)は人類固有の普遍的な地域性とでもいうような概念である 多様な生き方をするように生まれついた僕らは、自分と異なる文明や価値観に沿って生きる人間を敵だとみなし排除したくなることが多々ある。 僕らは自分と異なる物を異邦人だとみな…

1 「風土」はミリューからエクメーネへ -1

ある地域性はある人の主体性が及ぶところまで広がる 近代化以前、世界中に存在した共同体では、人間一人ひとりの風物身体は本人が属する地域共同体とほぼ一体であった。 その共同体の一員「として」どうふるまうべきか。 たとえば〇〇をどのように扱うべきか…

5 社会の「風土」をもし可視化したら -3

人の人間性におけるポテンシャルには個体差がある 人間の世界観の大きさにおいて個人差は少ないが、その技能や感受性の深さ(密度)に比例する現実実現力の大きさにはほとんど際限のない個体差があると僕は思う。 ベルク氏が風土学を「至高な次元にある客観…

4 社会の「風土」をもし可視化したら -2

分業社会と人間力 僕は拙ブログで『風土学序説』の内容を歪めず拡大解釈もせず紹介する所存である。 しかし、ベルク氏の態度について、一言もの申したいことがある。 p.332 だれもが同じように、風物身体のすべての側面にかかわるわけではない。たとえばわた…

3 社会の「風土」をもし可視化したら -1

近代的観点から見た人間とその幸福度 20世紀末頃まで優勢だった、そして現在も制度上保護されており正面切っては否定され難い近代的な価値観は以下のようなものだ。 人は自分の体をもって環境<地球<宇宙空間の中に存在する 人は物財をたくさん所有していれ…

2 人それぞれの風土学(ある地理学者の場合) -2

本書第八章の内容 さて、ベルク氏は第七章までで検証した「地理学は存在論であり、存在論は地理学である」(p.378)という学説を論拠に、本章で自分の思いを強い口調で主張する。 p.378 思想史にかかわるこの事柄を確認することで、現代のわたしたちに関連し…

1 人それぞれの風土学(ある地理学者の場合) -1

風土学の実践例 本書には風土学から見た過去の出来事の実例が数多く登場する。 しかし、風土学の視点で現状を見て考え行動するという風土学の実践例は、ベルク氏本人による1つだけしか登場しない。 『風土学序説』第八章 市民体(シテ) 本書の序から七章を…

5 人間性の全容

人間は「負荷されつつ自由である」 ベルク氏は和辻氏に倣い、風土性は人間性の原点(人間存在の構造契機)であると主張した。 それではその原点から導かれる人間性の全容とは、人間全員の本来的な生き方に共通していえることとはどのようなことか。 本書『風…

4 実存と他者

僕にとって僕が実存するメリットは? 以前、人間が物の本性に触れる手段は文明を通じて体の外の物に通じる他に、瞑想を通じて自己の内面に潜む本性に至る方法があると述べた。 両者は手段は違えど求めることは同じ、主体性の確立であると同時にまた「実存す…

3 実存の内容から倫理のあり方を考える

実存は具体的な「ここ」でしか達成できない 宇宙化がかない「人として実存にめざめる」ことは「自分にとって〇〇がここにあること」に気づくことであるとベルク氏はいう。 p.18 「あれではなくこれがあること、あそこではなくここにあること」―この表現が、…

2 実存するということ

宇宙化は偶然と必然の間で起こる? 人間以上の力を実感できるか否かが、その人の宇宙化成否の分かれ目である。 本人の精神性が優れているだとか先人の経験を教育を通じて教わるとかそれを促す要因はいくつもあるが、最終的には「理屈を超えた実感」という要…

1 実存のはじまり

人間の世界観はそう簡単に宇宙化されない 『風土学序説』は、今日の技術的・象徴的な諸事物(つまり僕らが認識しているものすべて)は、人間が自身の宇宙化を目指して環境を身体化すべく文明を展開してきたことによる産物だと主張する。 その展開を可能にす…

8 「風土」と人間は同時に実現する -2

物の本性と自分の本性の一致 ⇒ 夢中 ある人が自身の物理レベル、生態系レベル、文明レベルそれぞれの"持ち合わせ"から、ある具体的な環境の文明レベル、生態系レベル、物理レベルへと、歴史・地理的な「おもむきに沿って」無理なく働きかけた時、その人は初…

7 「風土」と人間は同時に実現する -1

プロフェッショナルという姿勢 ところで、現実的な問題に取り組む真剣味では、職業的な専門家の右に出る者はいないかもしれない。 前出『発酵文化人類学』には発酵活動のアマチュアもプロフェッショナルも登場するが、やはり後者の発言は現実をよりしっかり…

6 やはり日本に八百万はいた、か?

「ウソかホントか」白黒ついたら世間話は終わってしまう 近代以降の自然科学とそれに続いて発展した社会科学は様々な事物の機能性と象徴性を正しく分類し、その両方において人の世界を満たしていた意味を解消させてきた。 僕たちは科学が露わにした無意味な…

5 世間話にふさわしい論点

日本の菌群&発酵ファン待望の書『発酵文化人類学』 『発酵文化人類学』(木楽舎、2017)を著した小倉ヒラクさんは、発酵デザイナーというユニークな肩書を名乗る。 この本で小倉さんは学生時代に学んだ文化人類学とその関連学問の知識、それに効果的な情報…

4 彼岸の力を味方に取り戻さんとする衝動 -2

菌群の活動にまつわる日本人の営みと価値観 菌は生物である。 菌は菌類という名で生物学において動物、植物と並び分類される生物の一種である。 菌類は専門的には真菌と呼ばれ、キノコ・カビ・酵母などがそれに含まれる。 また大腸菌や発酵食品においてはた…

3 彼岸の力を味方に取り戻さんとする衝動 -1

僕は前向きな信仰をもっていない ベルク氏は、人間は時代と地域にかかわらず、宇宙化(森羅万象や神の力に触れること)を求める生き物だという。 その姿勢は、人間の信仰を想起させる。 しかし僕は、神も仏も信じていない。 たとえば神話の語ることが、僕が…

2 地理学者による人間性についての仮説 その2 -2

人間は自分のまわりの物と調和した生き方において「生きている」という実感を得る生き物である 人間以外の生物は自分の体(の生死)に疑問をもったりせず、人間のように不満を感じずに生きる。 一方の人間は、まわりの物を身体化し、かつ宇宙化して取り込む…

1 地理学者による人間性についての仮説 その2 -1

人間自身には説明できない「自分の生まれた/生きる意味」 人間が物を「風土」にする(ベルク氏曰く、物と通態する)ことで物に意味が発生するといった一連の運動の原動力、それは人間の本質すなわち肉体的な欠落感である。 人間は、これを埋める何かを自分…

7 日本のルールは変わったが日本人の人間性は変わっていない

いま日本で公に通用しているルールは、人間性の原点からはずれている 近代化された日本は三権分立体制をとり、法制度というルールで仕切られるようになった。 それは国家権力の後ろ盾により、お互い様の精神などにはない効力を発揮できる。 そのルールは基本…

6 個人として生きる自由 -3

都会的な日本人は近代社会のまっただ中にいる 近代化は前近代の文明(のルール)を土台としてさらに新しい次元のルールを生みだしたのではなかった。 近代化が行ったことは意味=おもむきが通過する諸尺度層の最上段、文明レベルの解体だった。 文明的な人と…

5 個人として生きる自由 -2

田舎(前近代的な価値観)と都会(近代的な価値観)の根本的な違いは「自分らしく人間らしい生活の第一条件として挙げること」にある 僕は前記事で、都会の住民が田舎の住民よりも他人に対する配慮が少ない、失礼で無神経だと言おうとしたのではない。 都会…

4 個人として生きる自由 -1

しがらみのない都会の良し悪し 日本の諸都市は、高度成長期の政策により田舎から多くの人を吸い上げて巨大化・過密化した。 人間の生活空間としてのそれらの都市は、住民が自分の力を専門的生業と私的生活の営みだけに集中できるよう、金銭を媒介として個人…

3 みんなで生きる自由と多様性の容認 -3

世間のメンバーになる条件 人間は共同体のルールに則って、日常的に人間以外の生物を殺す。 たとえ共同体の内部であっても、人間は食物連鎖の頂点に立つものとして人間以外の生物の生を必ずしも肯定しない。 家畜は共同体における他の物(非生物)同様に人間…