地理学者が哲学に目覚めたら最強だったんじゃないか

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

12 自由と共同体

7 社会の公式ルールと人間性

いま日本で公に通用しているルールは、人間性の原点からはずれていると思う 明治に近代化された日本は三権分立体制をとり、法制度というルールで仕切られるようになった。 そのルールは基本的に、西洋近代的な主客を分離するまなざしに貫かれていると思う。 …

6 個人として生きる自由 -3

都会的な日本人は近代社会のまっただ中にいる 近代化は前近代の文明(のルール)を土台としてさらに新しい次元のルールを生みだしたのではなかった。 近代化が行ったことは意味=おもむきの展開が通過する諸尺度層の最上段、文明レベルの解体だった。 文明的…

5 個人として生きる自由 -2

田舎(前近代的な価値観)と都会(近代的な価値観)の根本的な違いは「自分らしく人間らしい生活の第一条件として挙げること」にある 僕は前記事で、都会の住民が田舎の住民よりも他人に対する配慮が少ない、失礼で無神経だと言おうとしたのではない。 都会…

4 個人として生きる自由 -1

しがらみのない都会の良し悪し 日本の諸都市は、高度成長期の政策により田舎から多くの人を吸い上げて巨大化・過密化した。 人間の生活空間としてのそれらの都市は、住民が自分の力を専門的生業と私的生活の営みだけに集中できるよう、金銭を媒介として個人…

3 みんなで生きる自由と多様性の容認 -3

世間のメンバーになる条件 人間は共同体のルールに則って、日常的に人間以外の生物を殺す。 たとえ共同体の内部であっても、人間は食物連鎖の頂点に立つものとして人間以外の生物の生を必ずしも肯定しない。 家畜は共同体における他の物(非生物)同様に人間…

2 みんなで生きる自由と多様性の容認 -2

世間の本質 人間は他人と諸物(本書いわく風物身体)なしでは自分という人間存在の半身にすぎない(すなわち自分らしく生きることはできない)。 田舎のいわゆる世間で過去に縛られ将来にわたって頼り頼られながら生きることを嫌う人は、だからといって独力…

1 みんなで生きる自由と多様性の容認 -1

田舎の前近代的暮らしの良し悪し 人間の有限性の自覚とそれを克服しようとする主体的な行動はかつて、共同体における内発的な危機管理という形で具現化されていた。 近代がやってくる前、共同体はどのようなルールでもって運営されていたのか。 これから3記…