地理学者が哲学に目覚めたら最強だったんじゃないか

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

16 風土学という思想

11 認識と現実の矛盾をどう処理するか

近代思想の論理的矛盾 ベルク氏は本書において、地理学を発展させながらその存在意義を失わせようとした近代思想の歴史と本質をも検討した。 そして述語論理を受けつけなかった近代思想の視点は、科学の範疇となり得ないような風土の風性/土性を科学的知識…

10 風土学の理想

論理と理性と価値観 風土学自体は「風土」という枠組みと地理学に内在してきた「として」で成り立つ論理を示す学問であるが、判断や行動においてある論理を採用する人間の意思は理性と呼ばれる。 科学という破格の力を手中におさめた僕たち人間が世界を分析…

9 近代を終える時

近代思想がやっと非近代的な活動を支えている思想に追いついた 拙ブログを執筆していた2017年暮れから翌年の正月にかけて、僕はつけっぱなしのテレビを横目に本書の要旨を考察するにつけ「風土学ってまるで大河ドラマのタネ明かしみたいだな」と思っていた。…

8 自由な行動の現実的な限界 -3

場における役割において(責任を感じて)行動する⇒結果的に本人にとっても関係者全員にとっても意味のある行動になる 人間を他の生物から分けた人間性の本来の由来は、仲間と共に生きてさらなる自由を求めることだった。 言葉も道具も本来、その文脈で「自分…

7 自由な行動の現実的な限界 -2

同じことを成しても、リスクを問題視して(=その場における責任感をもって)するのとそうしないでするのでは、それを行う(結果ではなく)意義に天と地ほどの開きが出る 何事も当たり前には実現しないととらえ常にリスクを意識し続けるのは、ストレスフルな…

6 自由な行動の現実的な限界 -1

人間は(他の生物と同様に)己に可能な範囲内ではまったく自由にふるまうことができる ラ・ブラーシュがその礎を築き今日の地理学を支えている環境可能論に、客観的な観点から異を唱える人はいないだろう。 人間は自分の環境で可能な限りあらゆることをし得…

5 近代西洋の論理 vs 風土学の論理 -2

現行の論理をとるか、風土学をとるか 風土学を支持する人は、自分と同類である(なんらかの文明において生きている)人間つまり人類(ただし文明を否定する人は除く)の中に敵は一人もいないということになる。 人類はみな、形は異なっても相互に通訳可能な…

4 風土学の画期的な点

風土学は人間性とその本来的な実現過程の理論を、その実践から切り離して求めた 現実に起こる現象のそして存在する事物や人の多様性を認めよ、つまり実存せよ、とは古来仏教等の様々な宗教的・哲学的な教義の説いてきたところである。 そういった教えはみな…

3 近代西洋の論理 vs 風土学の論理 -1

対立しあう論理を同時に支持することはできない 自分の力を、自分のおもむき(自分らしさ)と一致する場(仲間)を探し、選び、自分のおもむきをその場のおもむきと共に深めていくことにつぎ込むか。 それとも自分の力を、自分と自分が仲間と認めた者をいま…

2 「風土」はミリューからエクメーネへ -2

風土(エクメーネ)は人類固有の普遍的な地域性とでもいうような概念である 多様な生き方をするように生まれついた僕らは、自分と異なる文明や価値観に沿って生きる人間を敵だとみなし排除したくなることが多々ある。 僕らは自分と異なる物を異邦人だとみな…

1 「風土」はミリューからエクメーネへ -1

ある地域性はある人の主体性が及ぶところまで広がる 近代化以前、世界中に存在した共同体では、人間一人ひとりの風物身体は本人が属する地域共同体とほぼ一体であった。 その共同体の一員「として」どうふるまうべきか。 たとえば〇〇をどのように扱うべきか…