地理学者が哲学に目覚めたら最強だったんじゃないか

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

4 現実ってなんだろう

10 哲学になど用はない、と言いきれる方へ

世界の認識のしかたは人それぞれ 拙ブログを読んでいるあなたは、そもそも哲学を初めどんな学問にも真理を求める必要のない人、たとえば宗教を信じている人かもしれない。 前に述べたが『風土学序説』の論点は、個人の生活と社会全体の両方がかかわるような…

9 地理学者に哲学的な問題を解決できるの?

哲学は哲学者の専売特許か? 人間の力は自然の制約を克服してきたが、時に自然に負けることもある。 人間が努力を積み重ねて築いたものが確かな進歩につながる一方で、偶然のいたずらですべてが無に帰することもある。 たとえそのいたずらがごくささいな動き…

8 人の世の理

せめぎ合う人間活動と自然環境 ここまで、地理的条件の一種である自然環境から被る影響をより小さくするように発展してきた人間活動について述べてきた。 今ではアウトドア活動以外のことはほとんど家の中で済んでしまうので、町にも行く機会が減ったかも す…

7 地理的問題の複雑さと決定論という誘惑

もしも地理学に普遍的な法則を求めたらば 『風土学序説』より、オギュスタン・ベルク氏が普遍性について述べた部分を拝借しよう。 p.114 普遍性universaliteという語は、宇宙=普遍(universe)という語から派生したものだが、宇宙=普遍という概念は、多様(d…

6 スキー場はどこにでも作れるのに、なぜ地理を学ぶ必要があるのか

1990年代の日本の場合 僕は子供の頃、地理の授業でたとえば次のように教わった。 「日本の中央高地(日本アルプス)では、夏季は高い標高の涼しい気候を利用して高原野菜(レタスや白菜など)の生産が盛んである。夏は避暑地、冬はスキー場が開場されウイン…

5 人文地理は学問と称しながら原理をもたないじゃないか(と思ったことありませんか?)

ベルク氏が気がついたのは人文地理学の原理だったのではないか と僕は思う。 前に述べたがベルク氏は日本版への前書きで、自分の関心がそれまで地理学者として行ってきたような地域研究ではなく p.6 世界についての一般的な問いを、適切な形で提起すること …

4 地理学者が新しい学問を拓こうとした動機 -3

本書の要旨その2「存在の地理性」 序章でベルク氏は主に地理学と哲学のかい離について語る。 拙ブログではこれについて日本版への前書きから既に触れている。 要約すると p.16 哲学者も地理学者も、たがいに違うものに関心をもっているのである。 というこ…

3 地理学者が新しい学問を拓こうとした動機 -2

ベルク氏が気づいた「世界についての一般的な問い」とは? ベルク氏が新しい問いに気づいた経緯は既に説明した。 これが具体的にどのような問いなのか、誰にでも一言で合点がいくよう説明するのはとても難しい。 その説明は『風土学序説』の初めから終わりま…

2 地理学者が新しい学問を拓こうとした動機 -1

『風土学序説』の著者ベルク氏は、新しい視点の確立が必要だと主張する。 それは言い方を換えると 新しい問い方が必要だ ということである。 以前に本書のテーマは地理学と哲学のどちらにも関わるが、どちらでもまったく問われず論じられてこなかったような…

1 僕たちの「現実の見方」には問題があるのだろうか?

僕たちの従来の視点 前に簡単に述べたが『風土学序説』の主題は 僕たちが個人の目線で扱っている諸問題と 社会を俯瞰するような目線で扱っている諸問題 を統合してとらえられるような視点を示すことである。 この視点は何をどこから見るような視点なのかを具…