地理学者が哲学に目覚めたら最強だったんじゃないか

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

6 現実にもしトリセツを作るなら

10 もしも杉並区を「風土」としてとらえたら

この記事を書いている2017年12月初旬、僕はある報道を耳にした。 (僕は事情により、投稿の時期よりかなり前の時点で記事を書いている) 報道でとりあげられた問題が、物事を「風土」としてとらえるとはどういうことか、それがなぜ現実的に妥当するのかを示…

9 「風土」は地域性という概念の核心を指す

物の風土(ミリュー)はある場にいる人間集団に独特な物の見方である 前の記事で述べたが、ベルク氏によると人間の現実において物とは、下の図のとおりその風性でおおわれており、その中に科学的に明らかにされてきたその土性があり、さらにその奥底に科学を…

8 「風土」は物事の構造を表す

「風土」という物の姿 ここでやっと、以前に出した問題に戻る。 トポス(物の物質的な場所)とコーラ(物が存在する関係の網の目、人間も多数参加している)が重なって、現実(たとえばこの鉛筆)が実現する。 その鉛筆には実は、人間に認識され得ない側面も…

7 人間が物を把握しきれない理由 -2

僕たち人間には、たとえ科学技術がどんなに発達しようとも物について認識できないこと、すなわち「覆われた実在」「物の真の本性」が残る、とベルク氏は主張する。 そのいまひとつの理由は、可能性の問題ではなく、理屈上の問題である。 主語論理 ベルク氏は…

6 人間が物を把握しきれない理由 -1

理由①科学理論上、限界があるから 『風土学序説』でベルク氏は、 アインシュタイン、ジャン=フランソワ・ゴーティエ、ミシェル・カセといった科学者たちによる宇宙論 情報アルゴリズム理論AIT(複雑性を測定する理論) ベルナール・デスパーニアの量子物理…

5 日常の目線で見た「この鉛筆」

僕たちは必ず文明を通して物を把握する トポス(物の物質的な場所)とコーラ(物が存在する関係の網の目、たくさんの人が参加している網の目)が重なって初めて現実(たとえばこの鉛筆)が現れる。 この重なっているということは何を意味するのだろう。 あな…

4 地理学者から見た「この鉛筆」

地理学者の説明はプラトン風 p.162 それではわたしたちの鉛筆のコーラとはなにだろうか。コーラについて考える場合には、生成として考える必要があること、固定された同一性としてではなく、なにか生まれ出るものとして考える必要があることを思い出そう。こ…

3 天体物理学者から見た「この鉛筆」

天体物理学者の説明はアリストテレス風 であるとベルク氏はいう。 p.161 アリストテレスであれば、鉛筆のトポスは、その動かざる外形だというだろう。鉛筆の外形が、その存在の境界を定め、限界づける。この定義から、物の同一性についてのアリストテレスの…

2 2種類の学者が物を説明するとしたら

現実にある物はどのように説明できるか? (例)鉛筆 現実の多様性を研究する学問・地理学に携わるベルク氏は、現実の事物は具体的に扱うべきであること、要素を抽象してその具体性を消して扱ってはならないことを強調している。 もしこの現実を具体的にとら…

1 「風土」エクメーネまたはミリュー

環境と「風土」 「風土」は環境に似たところのある概念であるが、両者はどのように異なるのだろうか。 p.218 和辻哲郎(1889-1960)は『風土 人間学的考察』において、初めて人間の風土(ミリュー)と自然の環境をはっきりと区別した。 「初めて」とは、史上…