地理学者が哲学に目覚めたら最強だったんじゃないか

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

9 自分らしい文明の生き方

7 人間の有限性の2つの面と文明の2つの面 -4

意気地とあきらめ ベルク氏によると、人間にはたとえ科学の粋を集めても決して認識できないことがある。 いかなる学問も、物の真の本質(本性)について、あるいはある人の真の本質(本性)について、それらを定める運命については語る資格をもたない。 だか…

6 主体性とは、自分の体の主としてふるまおうとする態度である

物を自分の体の一部となす=物の宿主として物に向かう=物の主となる 文明化された物はみな、機能と象徴を通じてそれに関わる人間に自分が生きているという実感を感じとらせるが、ただ目的どおり機能するだけの機械みたいな物にはその役割を果たせない。 ど…

5 人間の有限性の2つの面と文明の2つの面 -3

「存在意義を問う」という行為 ある人がどのような生き方をするか、ある状況においてその人ならばどういう選択をするか、という問いは、その人の存在する意義を問うているともいえる。 世の中には「存在そのものの根拠またはその様態について根源的・普遍的…

4 人間の有限性の2つの面と文明の2つの面 -2

機能面で満足するか、意義面で満足するか 人間の風物身体すなわち「風土」は、人間が環境を取り込み、「自分(たち)は全能ではない」という不足感を満たそうとして展開されている。 前記事で述べたように、その技術体系には技術体系の、象徴体系には象徴体…

3 人間の有限性の2つの面と文明の2つの面 -1

象徴的なものの地位を取り戻す、とは? 拙ブログでは以前、文明の発達においては物の本質が先だつのか、それとも人間の恣意性が先だつのかという問題を取り上げた。 その際は、このような「本質は人間にあるのか物にあるのか」という視点が既に誤っていると…

2 人間は自分の限界を自覚する生き物である

風土性と宗教 人間は自分に限界を感じる生き物である。 人間はたとえば自分の能力に限りがあることを自覚し、環境を取り込んでこれを克服しようとする。 しかし人間はまた、それとはまったく別の方面から自分の力の限界を自覚してもいる。 それは、自分では…

1 生き物の本能と性質は分けて考えるべきである

地理学者の提示した「人間の存在論的な構造」 ベルク氏は『風土学序説』で哲学の用語を使う。 上の「存在論的な構造」は難しそうだが、ベルク氏が説明するその内容はごく具体的だ。 一般的にこの言葉がどういう風に使われているのか僕はまったく知らないが、…