地理学者が哲学に目覚めたら最強だった説

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

3 『風土学序説』ってどんな本? -1

『風土学序説』のテーマは?

本書の主題を一言でいうと現実の見方を問い直すこと、つまり認識論である。
この「現実の見方」は、世界観や世の中の常識、といった言葉で言い換えてもかまわない。

なぜ地理学者が認識論を論じるのかについては、本書の中で説明される。
拙ブログでも後に触れる。
今ここでは、その認識論がどのような切り口をもつかを紹介する。

『風土学序説』の日本語訳は「日本版への前書き」で始まる。
その冒頭で著者のオギュスタン・ベルク氏はこう述べる。

p.3 本書では、哲学と地理学において異なる形で取り扱われるいくつかの問題、すなわち存在と哲学の問題と、地球という惑星の自然環境の多様性と人間のさまざまな社会との関係という地理学の問題を〈総合〉すること、統一して示すことを目的としているのである。

「存在と哲学の問題」というとどうもピンとこないが、

p.16 哲学は実存を問題にし、存在について、存在の主体について問題にする。

つまり、哲学は「存在」すなわち存在するもの、物事について「存在の主体」の、すなわち個人の目線でとらえられる問題だ、と言い換えられる(実存については後述することとし、今はふれない)。
そういう問題を専門に研究している人のことを哲学者というが、哲学的なさまざまな問題そのものは実は万人が日々かかわっているものである。

対する地理学の問題はもっと俯瞰した、個人が連携する社会を見る目線から見える問題といえる。
こちらも哲学の問題と同様、万人が日々かかわっている。

この2種類の問題は、もちろん重なっている。
しかしまた、もちろん別種の問題である。
そして哲学と地理学を意識せずとも、あなたは常日頃「この2種類の問題は自分の生活において分けて考えるべきだ」と考えていないだろうか。

しかし『風土学序説』は、この2種類の問題を「〈総合〉すること、統一して示すことを目的としているのである」。
つまりこの2種類の問題を両方同時に見る視点を示すことが、本書の主題である。

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まん中の茶色いのは、キョロキョロしている人です。すみません。さし絵を描いてくれる人を募集しています...

僕たちはふだんこの2つの分野でどのような問題を見るか、つまり、たとえばどのような問題意識をもち得るか。