地理学者が哲学に目覚めたら最強だった説

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

2 『風土学序説』が読者を得られなかった理由 - 1つめ

2つの理由の1つめは、本書が

哲学(認識論)を扱う内容をもつのに、地誌・紀行に分類されている

ためである。

本書が掲げる主題は、書店や図書館といった本を扱う機関において誤解され、適切な読者に紹介されてこなかった。

みなさんご存じamazonにおいて本書は

本 > 歴史・地理 > 地理・地域研究 > 地理学・地誌学

のカテゴリーに配されている、つまり分類されている。

国立国会図書館インターネット上のサービスを用いて本書が蔵書されている分類を確認したところ、こちらでも日本十進分類法(NDC)に則って

290.1 : 地理.地誌.紀行

に分類されていた。
僕の家から最寄の図書館でも、本書は同じように分類されていた。

本を扱う専門家たちに先導されて、本書はおそらく日本全国でこれまでずっと「地誌.紀行の本だ」とみなされてきた。

たしかに本書の著者は人文地理学者であり、地理学の関連テーマを扱う本を複数書いている。
しかし、本書自体に付加されたCコード(図書分類分類コード)は"0010"、その内容を表す下2桁は 10 すなわち「哲学」なのである。
つまり本書を出版した筑摩書房は本書を哲学書に分類したのに、本書を蔵書している図書館や書店はそれを無視して本書を地誌、紀行の本だとみなし、そのような本として読者に提供している

もちろん本文中には、本書のテーマが存在の哲学にあることがはっきりと示されている。

序文はたとえば

p.18 人間の存在の実存そのもの

について例を挙げ述べられたうえで

同頁 「あれではなくこれがあること、あそこではなくここにあること」―この表現が、地理学だけでなく、存在論の基礎となるのである。

と著者の主張が続く。

そして全Ⅲ部の第Ⅰ部は「〈そこにある〉の〈そこ〉」と題され、哲学者プラトンの『ティマイオス』を軸とした概念の分析から始まる。

そして何よりベルク氏は、本書のテーマとそれを表すタイトルについて下のように明言している。

p.4 わたしは思想的に和辻から強い影響を受けており、本書のタイトルに「風土」という日本語を使ったのは、和辻に敬意を表するためである。

ベルク氏が参照した和辻哲郎(1889-1960)の著作『風土 人間学的考察』(岩波書店、1963)は国会図書館において121.9 日本思想 に分類されている。
本書はベルク氏によるこの和辻氏の著作の改訳またはオマージュであるといえるような内容をもつ本であり、本書はこの著作の近辺に並べられるべきなのかもしれない。
ただし和辻氏のこの著作の方も、内容に幅があるため思想書ではなく比較文化論の類だと解釈される場合があり、本書でもこの問題に触れているので拙ブログでも後ほど紹介したい。

僕は正確な分類について断じるほどの知識をもっていないが、とにかく本書は決して「地誌.紀行の本」に類されるべきではないことをここに主張する。
本書にいわゆる地理学に関する内容を期待した読者は、自分の関心とのずれに驚いただろう。
また、実存のような問題に関心をもつような人は、それを地誌・紀行を主題とする本に求めたりしないだろう。
本書の内容は、理解するために哲学や思想の素養を要する。
このような分類のされ方は、本書の普及を阻害している。

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異議あり!」

本書が全国の書店と図書館で適切な棚に並ぶようになれば、拙ブログの目的のおよそ半分は達せられる。
そしてもし本書が適切な読者を得られれば、拙ブログが読まれずともその目的は早々に達せられてしまうかもしれない。
僕の願いは、本書が僕たちの日常に新しい視点を与えるような本であることが理解され、たくさんの人が本書を読んでその新しい視点から世の中の問題を話し合う日がくることなので、そうなれば願ったりかなったりである。