地理学者が哲学に目覚めたら最強だった説

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

2 『序説』の序 -2

人間は〈あそこ〉にも実存する

前回に引用した文章には「実存」という哲学的な表現が含まれる。

p.20 類人猿とは異なり、わたしたちの身体の限界を越えた遠い「あそこ」で起こること、わたしたちが足を踏みいれることもないような場所での事件が、わたしたちの実存そのものを構成する

この語についてベルク氏は引用箇所の直後で説明する。

p.20 哲学、とくに現象学には、これにかかわるいくつかの概念がある。たとえば実存という言葉だ。実存の原初の意味は、外に立つということだった。ビワガライシは、それがいる〈そこ〉にしか存在しない。しかし人間は、自分の〈外に〉に拡がる。それは、パリ北駅行きの列車に乗っているわたしたちが、南洋の〈あそこ〉にいるビワガライシについて語れるということだけではない。人間存在とは、物質的にも〈あそこ〉に実存するものであり、もっと遠くにも実存するということだ。

『風土学序説』ではその主題に沿ってこのように、哲学や現象学の概念が多用される。
哲学的な概念に明るい方には、拙ブログよりも先に本書を直接読むことを勧める。

僕のように哲学?ナニソレオイシイノ という方は、とりあえず僕の解釈で

「わたしたちの実存そのものを構成する」

「わたしたちの生き方を左右する(わたしたちの生き方をこうと定める)」
といった意味じゃないかと思うので、そう読み進めてほしい。

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僕が足を踏みいれることもないような場所での事件が、僕の生き方を左右する?

しかし哲学に明るい方は上の引用文の最後、「物質的にも〈あそこ〉に実存する」という一節に違和感を覚えないだろうか。
引用文はさらに下のように続く。

p.21 ところで本書では、現象学を超えたところで、実存の展開というこの客観的な現実を示したいと願っている。そのためには、概念の語源の分析や、物の非物質的な側面の分析で満足していることはできない。人間の実存はかならず、制度と構築物のうちにも存在するものである ― 建物、組織、さまざまなネットワークのうちに。

こんなことに思い至るのが地理学者ならではである。

僕は本文についてはこんなに細かく文章に沿って説明しないが、なにしろ序文は大切なことを言っている部分なのでもう少し解説を続ける。