地理学者が哲学に目覚めたら最強だった説

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

1 「風土」エクメーネまたはミリュー

環境と「風土」

「風土」は環境に似たところのある概念であるが、両者はどのように異なるのだろうか。

p.218 和辻哲郎(1889-1960)は『風土 人間学的考察』において、初めて人間の風土ミリューと自然の環境をはっきりと区別した。

「初めて」とは、史上初めてという意味である。
定義が明確な環境はともかく、風土という語が何を意味するかについて和辻氏ほど深く考察した人はかつていなかった(僕がそのように主張するベルク氏に賛同する根拠は、後に述べる)。

環境はある物を取り巻くものである。
動物にとっては環境がある。
そして動物の一種である人間にも、同じように環境がある。
人間は環境に囲まれている。

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自分と自分以外のもの=環境がある。

しかし人間と環境の間だけには「風土」という関係がある。

p.22 人間が、地球の拡がりに対して生態学的、技術的、象徴的にもつ関係、それが風土エクメーネである。

風土エクメーネ風土ミリュー

本書の「風土」はベルク氏がフランス語でミリューというものとエクメーネというものの両方を指す
ミリュー milieu は環境を表すフランス語であるが、ベルク氏は本書以前の著作でこの語を自分なりに定義しなおし、この語を地理学が研究対象とする「地域性」を表す語として使っている。

p.24 人間の風土ミリューとは、大地の拡がりに対する人間集団の関係である。
確かに地理学とはある地域の環境と社会の関係を扱う学問であり、またフランス語のミリューが字義どおり表す環境+αを研究しているといえる。

一方のエクメーネ ecoumene は以下のとおりである。

p.24 オイクメネー(oikoumene)という言葉は、住む(oikeo)から派生した。生態学(ecologie)や経済(economie)も、このoikeoを語源にしている。ギリシア人たちはこの語を単独に名詞としても、大地(ge)ゲーの形容詞としても使っているが、どれも基本的に「居住されている大地」という意味で、砂漠(居住できない部分)の反対の用語で使われている。しかしここで「居住している」のは、全人類を意味しない。著者によって異なるが、オイクメネーはギリシア人だけが済む大地だけを意味することができた(後にはローマ帝国ビザンティン帝国だけを意味することがあった)。現代の地理学の用語では、エクメーネは「大地のうちで、人間が居住している部分」を意味する…

風土エクメーネも特に人間が住む(可住地の)環境+αという点は風土ミリューと同じである。
どちらの「風土」も、概念の定義だけでは具体的なあり様を思い浮かべづらい。

この辺で定義からの説明はいったん保留して、例を用いながら「風土」が何を意味するのか説明していこう。