地理学者が哲学に目覚めたら最強だったんじゃないか

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

3 天体物理学者から見た「この鉛筆」

天体物理学者の説明はアリストテレス

であるとベルク氏はいう。

p.161 アリストテレスであれば、鉛筆のトポスは、その動かざる外形だというだろう。鉛筆の外形が、その存在の境界を定め、限界づける。この定義から、物の同一性についてのアリストテレスの概念が浮かび上がる。そしてこれが西洋では、論理学における排中律の原理の基礎となったのである。

トポス = 物の物質的な場所

鉛筆のトポスという側面をベルク氏は以下のように説明する。

p.162 鉛筆の存在、あるいは論理的な主語(主題)である「鉛筆」の同一性は、そのトポスを超えることができない。これを超えるということは、それを作り替えることになるだろう。トポスは、動かざる限界だからである。トポスを超えると、鉛筆の同一性も変わることになる。物はもはや同じ形をしておらず、したがって同じ存在をもたない。アリストテレス的に考えると、物に存在を与えるのは形だからである…。この考え方から、物を測定する必要性が生まれるのがわかる。そしてこの考え方と主語の同一性の原則によって、アリストテレス思想は近代の科学的な合理主義の二つの源泉のひとつとなったのである(もうひとつは、すでに指摘したように、プラトン形而上学である)。この考え方に、鉛筆のトポスが存在している空間を定義する可能性をくわえると、近代のすべての要素がえられることになる。…トポスは「鉛筆」という対象が物質的にどこにあるかを定義する。それ以上でも、それ以下でもない。だからトポスとは物質的な場所といえるだろう。

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この鉛筆のトポス = この鉛筆について測れる項目すべて

こういった情報は、僕たちがふだん物を扱う上で鍵となっている。
これらの値を見積もり、測り、伝え合うなどすることで僕たちはたとえば商品を大量に生産し、流通させるといった行為を円滑に行うことができる。
このような物の取り扱い方は近代の西洋文明、いわゆる近代思想の視点に負うところが大きい。

p.180 近代の西洋文明は、測定できる物理的な存在者(物のトポス)を重視する傾向があり

近代化を迎えた地域における技術と経済は、そのような視点に支えられて加速度的に発展してきた。

さらに続けてベルク氏は、このように鉛筆が「物質的にどこにあるか」ということを定義するだけではこの鉛筆の全てを説明したことにならないという。

p.164 鉛筆の存在をそのトポスだけに制限するのは、客観的とはいえない。存在するためには、客観的にもコーラが必要だからだ。

人がこの鉛筆のことを知るためにはまだ、もう片方の側面、すなわちそのコーラを説明する必要がある。
なぜならそのトポスには、人はそれとどのように関わるべきかという情報が、人にとってのその鉛筆の利用価値が、なぜここにこの鉛筆があるのかという理由が含まれないからだ。