地理学者が哲学に目覚めたら最強だったんじゃないか

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

6 人間が物を把握しきれない理由 -1

理由①科学理論上、限界があるから

『風土学序説』でベルク氏は、

  • アインシュタイン、ジャン=フランソワ・ゴーティエ、ミシェル・カセといった科学者たちによる宇宙論
  • 情報アルゴリズム理論AIT(複雑性を測定する理論)
  • ベルナール・デスパーニアの量子物理学
そして哲学者ハイデガー存在論から言を引き、こう言う。

p.144 (スティーヴン・)ホーキングなどの宇宙学者は、科学が取り扱うべきではなく、形而上学神秘主義にまかせるべき領域を、数学的な物理学で処理しようとしているとゴーティエは非難する。

p.145 存在の特異性…これらの問題について多くの宇宙論者は、物理学が越えることのできない地平が存在することを認めている。そしてミシェル・カセのような宇宙論者は、物質の起源を考察するために、ある限界を越えると物理学者の言語を捨てて、詩人の言語を採用しているのである。カセの試みがハイデガーの試みと並行したものであることは興味深い。ハイデガーは『存在と時間』の最後の部分で、「形式論理学の『抽象』という手段では、存在そのものの『理念』の起源と可能性を探ることは決してできないだろう」と確信し、それからは詩人たち、とくにヘルダーリンの研究へと進んだのである。

宇宙の物理学的な構造についての学問でも、世界性の存在論的な構造についての学問でも、地平から、同じ尺度で測れないものへと移行する同じような動きがあるということになる。三世紀も前に喪失していた昔の宇宙性と出会うかのように、宇宙は宇宙天体論の尺度において、風景、生活、世界のどの側面でも、ふたたび人間の本質的な有限性に対応するようになる。

p.147 一般相対性の理論が示したのは、宇宙には物理学が乗り越えることのできない地平があるということである。これは同時に、世界を物理学の法則だけに還元できないこと、いいかえれば幾何学に還元できないことを意味する。
p.147 この限界のために物理学は、形而上学神秘主義の彼方、すなわち霊的なものという意味をおびるのである。
p.148 規則性をみつけられないために、情報を圧縮できないときは、「アルゴリズムの圧縮不可能性」を確認できる。あまりに複雑な情報は、計算できない偶然の連続として現れるのである。これを分析すると、その全体を再現することになってしまう。AITはこの方法で、「公理についての学というものはない」というアリストテレスの主張が、数学的に妥当なものであることを証明した。公理そのものについての問題はどれもあまりに複雑なので、新しい公理を導入することになるからだ。宇宙の超複雑性も、この種の圧縮不可能性の問題を引き起こす。

この問題の例は割愛するが、要点は以下のとおりである。

p.148 このようにAITによって、現実はアルゴリズムで圧縮できないことが認識された。現実は部分的にしか説明できないのである。それ以外のものについては、まだ経験的な観察を信じるべきなのである。

それでは観察とはなにか。まったく別の道筋から、量子物理学はAITと同じような事実を確認する。ベルナール・デスパーニアの業績が普及させた「覆われた実在」という表現がこのことを示している。この表現は、わたしたちが知ることのできる経験的な現実と、独立した実在を区別する必要があることを示すものだ。独立した実在は、物の真の本性であるが、人間は特定の一般的な構造しか知りえないために、人間には「覆われた」ままなのである。これはたしかにカントなどが提起した哲学の昔ながらの問題だ。しかし量子物理学のさまざまな逆説は、この考え方が正しいというかなりの証拠を示している。

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本書では「覆われた実在」とか「物の本性」と表現される。

ただし、引用した諸理論はベルク氏が本書を著した時点(20世紀末)までのものに限られる。
加速度的に発展する科学の世界で現在これらの学説がどこまで通用するのか、僕は実はよく知らない。

ただ、僕たち人間の科学技術ではわからないことはまだまだたくさんあると思うし、その謎が将来すべて解消されるとは信じがたいと僕は感じる。
たとえばビッグデータを用いて複雑系を直接扱えるようになった今日でさえ、まだ僕たちは地震がいつどこで起こるかさえ予測できていない。
それができていないのは、地震に関する情報を集め分析する専門家が本来できるはずのことをしていないから、とは決して言い切れないと思う。

余談になるが、いま拙ブログを書くために上の登場人物をGoogleで(日本語)検索しながら得た感想をつけ加えるならば、スティーヴン・ホーキングのようなベルク氏から批判された側に関しての検索結果は、アインシュタインを除くゴーティエやAITやデスパーニアについての検索結果よりも、量と質においてずっと豊富だと感じた。
あまりに有名なアルベルト・アインシュタインはここで除いたが、その検索結果の上位10件中トップのウィキペディアウィキペディアに類似した内容のサイトが4件、検索2位をはじめ残り5件は彼の名言や逸話に焦点をあてたサイトであり、彼の立てた理論に関するものではなかった。
つまり、ベルク氏が支持した科学の限界を認める理論や思想は、今日の日本において主流ではないようだ、という印象を受けた。