地理学者が哲学に目覚めたら最強だった説

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

6 人間は世界を体内にとり入れる

人間は①自分の体から環境へと伸びる、さらに②その環境を自分自身へと取り込もうとする

人類学者ルロワ=グーランは前述のとおり、人間の技術体系や象徴体系を「すべての器具を人間の外に押し出そうとするプロセス」と呼び、その発展を「社会的な身体」の進化と呼んだ。

p.226 ルロワ=グーランにとっては、動物の身体は、技術によっても、象徴によっても外化される。その意味では、社会的な身体のうちに動物身体が〈投射〉されるとは言えるだろう。

この考え方によると、物のなんたるかは人間のまなざしによって決まることになる。
人間はもてる技術体系と象徴体系を発展させて、「自分たちの世界」をその認識の届く限りめいっぱいまで拡げていくことになる。
対するベルク氏の考え方はこうだ。

p.226 しかしわたしからみると、ここで象徴は技術と反対の役割を果たしている。技術とはまさに外面化であり、わたしたちの身体性を、身体を超えて世界の涯まで延長するものである。しかし象徴は逆に内面化であり、世界を身体のうちに送還する。

どういう意味か。
まずは技術、つまり身体性の外面化の例。

p.226 遠い彼方にある火星の表面で、ロボット「ソジャーナー」がこの石をつかんだとき、ロボットは技術の力によって、わたしたちの遠い先祖のホモ・ハビリスの身振りを延長したのである。ホモ・ハビリスは二百万年前のこと、加工した小石を手にもって、これまで口の中の切歯だけで行ってきた機能を手の先に延長したのである。

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技術の機能

これはルロワ=グーランの学説どおりである。
次に象徴という、身体性の内面化の例。

p.226 しかし逆に、いまここでわたしが、空間において遠く離れた火星とソジャーナーについて、そして時間において遠く離れたホモ・ハビリスについて語っているのは、この口によってである。わたしは象徴的な機能によってこれを行うことができる。この象徴的な機能は、この関係では身体のうちにおいて、物理的に遠く離れた物を再現できるということだ。これは投射(projection)ではなく、逆に内射=取り入れ(introjection)なのである。

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象徴の機能

確かに僕たちは象徴(たとえば言語)を用いて、実際の事物が五感の届く所になくてもそれらを表して他人に伝えたり、逆に他人の表したことを理解することができる。

では、ある人の身体性が本人から物へ外面化されたり逆に物から人へ向かって内面化されている、この現実では何が起きているのか。

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人間の手とまわりの物が、技術と象徴を通じて関わる=「風土」という関係をもつ

ベルク氏は人間の「身体」をよりリアルに表す哲学用語に替えて説明を続ける。

p.226 世界は技術によってわたしたちの〈肉〉から作られたものであり、象徴という形でわたしたちの〈肉〉にもどってくる。わたしたちが人間であるというのはこういうことであり、風土エクメーネはここに存在する。

哲学者がいうところの〈肉〉は、「身体」という語では表しきれない何かがそなわった体を意味する。
その何かとは、生きている体だけにそなわっているもの、すなわちその感覚だ。