地理学者が哲学に目覚めたら最強だった説

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

5 生きている感覚を取り戻す方法 -3

若者の消費行動の変化

現代日本に暮らす僕たちにとって物との最も身近な関わり方といえば、何よりまず「消費」だろう。
消費者は僕たちの経済の主役の一つであり、経済活動は日本社会の舵を握っている。

この消費にまつわる若者の行動が近年明らかに変わってきている。
菅付雅信著『物欲なき世界』(平凡社、2015)はその実例を集めた本である。
『風土学序説』を読んだ僕から見ると、この本に集められた若者の新しい消費行動の事例はどれも角幡さんが指摘した「身体性の喪失と生感覚の無化」(角幡唯介『探検家、36歳の憂鬱』p.163)を登山などよりも一歩進んだ行動形態で解消しよう、自分が生きているという感覚を取り戻そうとして起こされているように見える。
登山する若者の場合、その行動は「身体という制御不能な自然を活性化させて生感覚を取り戻そうという試み」(同書 p.163)だった。
『物欲なき世界』に登場する若者たちはもはや物を所有したがらず、物を他人と共有したり、あえて古い物を組み立て直して使ったりする。
両者の行動の内容はまったく異なるが、彼らが感じている身体的な不全感とそれを克服しようとする欲求の本質は同じである。
そして、それが現象レベル(自分が感じたまま)での認識にとどまっている点でも両者は同じである。
後者(『物欲~』)の方が物の背景にある関係性を知覚しているという事実と行動内容の現実的な影響力において、登山などより本質的な解決に近づいているように見えるかもしれない。
しかし、後者の中でもその不全感を招いている原因のありかを突き止めきれていないために根本的な解決方法を模索する段階にとどまっている人は、前者(登山する若者)とよく似た状況におかれていると思う。
自分の生き方を変えるべく転職したり田舎へ移住したりしても、その行動はどこまでも手段にすぎない。
たとえ手段を先行させても、問題の根が自分の現実認識にあることを認められるまで、その行動はむだ骨に終わる(不慣れな土地や仕事で生活が立ちいかなくなったり元の住み慣れた都市に戻ったりする)恐れをはらみ続ける。
逆に言うなら、問題の鍵が自分の元にあることを理解すれば、手段を変えて、たとえば都市に住み店で買った物を消費しながらでも、その不全感の解消に取り組むことはまた可能なのである。

商業は物がとりもつ人間同士の交流の諸形式の一形式にすぎない

『物欲なき世界』のテーマは、これからの消費のあり方である。
僕たちが行う消費の内容はどのように変わっていくのか、それとも消費という行為自体が他の行為にとって代わられようとしているのか。

『風土学序説』でベルク氏は近代以降に消費の対象とされるようになった物とその価値を表す記号(たとえば言葉)を端的にマルクスの用語で「物神」すなわちそれ単体で疑いようのない価値を帯びさせられた物、と呼び、そのような化物を生みだした近代的な視点を批判した。
前述のようにベルク氏は、物がもつ価値とは実は人間が物を自分(たち)の体とみなすことで自ずから感じ取っているもので、それは物と人の相互関係においてしか発生し得ない、つまり物自体にも人間の脳にもその価値を定める主導権はないと考えている。
そして物神のあり様とそれにまつわる経済活動の歴史を本書の風土学の視点(詳しくは拙ブログの既出の記事を参照)から分析した。

p.243 これが近代の存在論の結論から派生したものであるのはたしかだ。考える者は、もはや現実を考えるだけでは満足せず、現実を作り出すのである。現実を作り出しながら、物神を絶対的なものにするのである。この物神は、やどかりのように、拡がりのある物から逃げ出した実体に代わり、自分にしか意味がないようにするのである。
p.364 商品に価値を与える社会的な関係を忘却して、商品そのものに価値があると考えるようになると、商品を物神化してしまう。これと同じように、わたしたちの風物身体を締め出すと、動物身体が物神化されるようになるのである。
p.410 マルクスが強調したように、近代はたんなる対象に過ぎない物を、それ自体に価値を刻印された商品として物神化したが、近代とは人間の交信の形式を物神化する巨大なプロセスだったのである。
p.410 こうして交流=交易(commerce)という言葉は、人間との関係という意味を次第に失い、商品という財の交換という意味に限られるようになってきた。しかし本書では、古くなった意味でこの交流という語を使い続けたいと思う。
p.420 ―分かった。巧みなイメージだ。ところで君はわたしたちにどうしろというのか。消費をやめろとでもいうのか。それに君は消費をやめたのか。

かくしてベルク氏はどのような結論を出したのか?
前掲の『物欲なき世界』が提起した諸問題に興味のある方には、ぜひ『風土学序説』の一読を薦める。