地理学者が哲学に目覚めたら最強だったんじゃないか

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

3 近代思想と科学の功罪 -1

西洋近代思想が人と物を切り離そうとした理由とその功績

今日のように科学が様々な物の成分や機能を特定できるのは、近代化のおかげである。
それ以前、物はすべて人間の目線から意味づけられ、その本性にたどりつく方法は、失敗を含めとにかく誰かが関わり経験して関係を積み重ねることしかなかった。
先人がその経験・価値観を物や言葉によって蓄え積み重ねたものが技術と象徴の体系、千差万別な人間の文明である。
近代以前の文明はどれも、その発生過程ゆえ、人間に感じられる意味に満たされていた。
近代の視線はこの文明の膜を切り開いて物自体を取り出し、それを調べた。
近代化が進んだ共同体で、そのかつて知られざる機能が白日のもとにさらされた諸物は、環境として文明から剥かれたままの姿で放っておかれた。
そのような物は技術者や商人の手でその価値を増すべくどんどん姿を変えられながら、人間から偏った力を加えられた物として自律的に変化するようにもなってきた。
そして科学者も技術者もどちらでもない人々もみな、意識上は自分の風土性を否定して科学の力と洞察力を信じながら、意識下には近代以前と変わらず体の外まで自分と同一視しようとする風土性をそなえた人間として、この環境に対して個人の視点から意味を加えるようになった。

p.22 二元論がまず、物を実存から切り離した。そして自然と文化の対立は、人間の存在を二つに分割してしまうのである。

(実存については前掲
人間の体もまたその科学のまなざしから客体視され、一方で人間の精神はそのまなざし側にあると考えられるようになった。
実は人間の精神の内にも、少なからぬ認識不能な部分が含まれているというのに。
いったい近代は何をしたかったのか。
近代科学の推進力は、物事の本質への知的好奇心だけか。

p.133 近代の運動の思想史について確認しておきたいのは、この運動は近代の偉大さを作り出した理想によって動かされていたということである。その理想とは、自然のものであれ、人工のものであれ、伝統によるくびきから解放しようとする意志だった。それはデカルトの理想だったし、わたしたちもこの近代の理想を守る必要がある。

世界が近代化される以前、すべての社会(共同体)は自分たちの世界を固有の文明において意味づけ理解していた。
そのような共同体はすべて、個人の自由な行動よりも共同体の維持にずっと高い優先順位をつけていた。
前近代の社会は、個人の能動的な活動だけでなく、個人という人間がただ存在することも認めなかった。
多くの文明社会において、性別や生まれた家柄などを根拠としてある人間を他の人間と比べて異質だ、格上/格下の存在だとみなすことがまかり通っていた。
異質だ、格上だ、格下だとみなす人もみなされる人も、その共同体に属する全員がそう認識し納得し、共同体の〈肉〉を内側から支えていた。
西洋近代思想はこのような共同体の傾向に抗うべく段階を経て発達し、人と社会、人と物を切り離して認識するに至ったのである。

p.318 人間存在についてのこの近代的な概念は、人間の身体の個体性という物理的に明らかなことと、個人という概念にまつわるさまざまな価値という道徳的に明らかなことを一致させようとする。この一致によってわたしたちは、個人の身体、、、、、個人の人格、、、、、を同じものと考えるようになる。たとえば投票権は、投票ボックスで、わたしたちが個別に行使するものである。

この身体的なものと道徳的なものが、存在の同じ場所(トポス)で一致することは、個人主義と呼ばれる。ところでこの考え方はそれほど古くからあるものではない。この考え方が確立されるための重要な一歩になったのは、1679年にイギリスで「ヘビアスコーパス・アクト」という法律が施行されたことだ。この法律は個人の自由を保障し、恣意的な逮捕から個人を保護したものである。「汝は汝の身体をもて」というのが、近代の命令であり、この命令は民主主義における市民権の確立、奴隷制度の廃止、拷問の廃止、死刑の廃止、ピルの合法化と妊娠中絶の合法化、すなわち、歴史と自然によって、個人の人格に加えられたすべての制約を少しずつ否定していく動きを登場させた。自由への敵対者が非難するのは、この命令そのものである。わたしたちの刑法がはっきりと表現しているように、身体による制約は、それがどの程度のものでも、人々を隷属させるためのもっとも避けがたい手段なのであうる。

「ヘビアスコーパス」の宣言は、西洋近代の古典的なパラダイムの確立と同じ時代であり、これを確立したものでもある。このパラダイムの他のすべての側面と同じように、これには長い歴史がある。ルイ・デュモンが示したように、この歴史はギリシアとローマの思想よりも、キリスト教という宗教によるところが大きい。古典古代の都市では、市民(ポリテース)の存在の基礎となるのは都市(ポリス)の存在であり、都市は事実においても存在論的にも、市民よりも先にある。都市には、女性も奴隷も市民としては存在しないからだ。これに対応して、古代の哲学は人間を社会的な存在として考察した。たしかにたとえばストア哲学などでは、個人の自律という考え方があった。しかしこれはなんらかの形で世界の異邦人として生きることだった。通常の生活は都市を前提としたのである。