地理学者が哲学に目覚めたら最強だった説

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

6 近代地理学から環境可能論へ

西洋に発した地理学の変遷

前記事のように時代の常識が移り変わるにつれ、世界を知るための学問・地理学の研究内容も移り変わった。

本書によると古代ギリシアに端を発する西洋の地理学や近代化以前のどの地理学的な思想もみな、世界とは自分たち(民族)のいる場所を中心としてそれを囲む境目まで広がっており、境目の向こう側は非世界(人間の住めない場所)だと考えていたという点は共通しているようである。

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文明ごとに似て非なる世界観をもっていた

そして西洋を近代が訪れ、その地理学の内容が変わっていく。

大航海時代による爆発的な地誌の拡大や、17世紀以降の自然科学の発達と観測機器の発達は近代地理学の成立をうながした。
現在見ることのできる科学的な地理学の源流は19世紀初頭のドイツでおこり、アレクサンダー・フォン・フンボルトとカール・リッターの二人の名に代表され、彼らは「近代地理学の父」と称えられている。彼らは地誌的な記述ばかりではなく、様々な地理的な現象に内的連関を認め、地理学においてその解明の重要性を説いた。
Wikipedia「地理学」より)

世界が球形である故ふちを持たないという事実が知れ渡り、人間の居住域についてのフロンティアがほとんど消えてから後、地理学はその限られた対象において深みを増す方向で発達した。

地理学とその関連諸学は世界の成り立ちを専門に研究しながら、昔も今も人々の世界観に強い影響力を与えてきた。
その力は近代化の前後を問わず折に触れて時代のイデオロギーを操作するべく利用されてきた。
一方、そのような力が濫用されるのを防ぐべく、ルシアン・フェーブルやフェルナン・ブローデルといったフランスの地理学者は、ポール・ヴィダル・ドゥ・ラ・ブラーシュを祖とする環境可能論を唱えた。
しかし、先に示したように近代思想が環境を客体として人間から切り離して扱おうとする姿勢の効力は非常に強く、地域の多様性に立脚する地理学でさえがその視点に飲み込まれそうになる。

p.126 世界から詩を奪い去る近代の〈対象への停止〉は、マックス・ウェーバーがEntzauberung(脱魔術化、脱呪術化、脱魅惑化)と呼び、ハイデガーがEntweltlichung(脱世界化、脱世俗化)と呼んだプロセスにほかならない。地球的にみるとこの現象は、コイレが「閉じた世界から無限の宇宙へ」として解明した移行によって引き起こされた。コペルニクスの革命の後では、宇宙から世界的なものが排除され、場所はその具体性を奪われ、〈地方〉の代わりに空間が登場するようになった。これらのすべては、新しい宇宙論では空間が無限なものであることから論理的にでてくる。古代世界を基礎づける標準であった中心というもの、地平というものも、完全に失われたのである。中心も地平もない―これが近代の空間というものだ。
p.126 人間の住まいについて、建築、都市学、地域整備など、土地の拡がりの上で具体的に行動するさまざまな学問があるが、これらの学問がほんとうに影響されたのは、19世紀末になってからのことだった。そして土地の拡がりそのものを研究する地理学に影響がみられるようになったのは、もっと遅い。「新しい地理学」と呼ばれる運動が始まる1950年代になってからのことだ。 この運動の特徴は、定量的な方法とモデルを利用することにあり、空間(espace)という語を多用した。それではこの語でなにを意味していたのだろうか。まさにデカルトの延長(extensio)の概念が示すものを意味していたのである。この地理学ではすべての場所とすべての地方を、理論の上で純粋に幾何学的な測量可能性に還元しようとしていた。

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1万坪の空間はどこでも1万坪の空間

このような視点に立つと世界の多様性を研究してきた地理学の存在意義がなくなってしまうし、このような地理学は今日の主流派ではないと思う。
しかし『人文地理学原理』を著したラ・ブラーシュに代わる「原理」を究明した地理学者はこれまでベルク氏をおいて他にいなかった

一学問としての地理学はラ・ブラーシュが1918年に亡くなって以来、原理的な進歩がみられなくなって久しい。
その一方で科学技術の発達によりGIS(Geographic Information System 地理情報システム)のような技術が実現され、現実の問題解決において地理学が期待されるところは外発的に広がった。
こうして地理学は一部のベルク氏を知る地理学通(もしかすると僕のように本書に注目するも沈黙を貫いている人たち)を除いて「環境可能論とGIS」において意義をもつ学問とみなされるようになった。
少なくとも20世紀末の日本では「どうして雪の積もる山だけでなく千葉の海岸にもスキー場があるの?」という問いに地理学から与えられる最新の原理は20世紀初頭に成立した可能主義だったし、その状況は2018年現在も変わっていないと思う。