地理学者が哲学に目覚めたら最強だった説

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

6 やはり日本に八百万はいた、か?

「ウソかホントか」白黒ついたら世間話は終わってしまう

近代以降の自然科学とそれに続いて発展した社会科学は様々な事物の機能性と象徴性を正しく分類し、その両方において人の世界を満たしていた意味を解消させてきた。
僕たちは科学が露わにした無意味な世界すなわち環境に囲まれ続けた反動もあって、僕らの先祖が暮らしていたような自分にとって意味のある世界への渇望を覚えるようになった。
また「風土」に生きる人間は、自分の「風土」を活性化させ深める世間話を常に求める。
『発酵文化人類学』はそういった日本人の志向に、科学的知識と(客観的な視点ではなく!)著者の目線からのたとえ話と読者への問いかけをもってしっかり応えようとする世間話的オモシロ本である。

菌群はまさに僕たち日本人の「風土」の宇宙性にあたるのではないか

『発酵文化人類学』で紹介される諸事例を読めば、菌群がいかに今日の日本人にとって認知できても認識できない神秘的存在かということがあっという間にわかる。

まずは菌群のはたらきが歴史的にどれほど長くまた世界の地域ごとに異なる形でその地の人々の生活とかかわってきたか、そのかかわり方各々の深さと個性について。
その地域で手に入る物だけで、その材料や地域の気候や生態系などの条件において最適な発酵活動が行われ、人間の文化がそれとの相互作用において発達してきたこと。
文化や技術だけでなく精神的な面にまで通じる様々な現象。
世界中のウソみたいなホントの話が満載されているのでぜひ一読を勧める。

次に菌群の神秘、すなわち現代の優れた技術や発達を重ねた理論で武装した日本人にも制御しきれない森羅万象の存在を確信させるほどの、その謎めいた力。
冒頭から興味深い菌群のはたらきを具体的な言葉で説明してきた小倉さんは、本ももう三分の一まで進んできたという頃合いに、くさやの発酵作用を説明しながら初めて発酵産業界の舞台裏を明かす。

僕がここまで解説してきたくさやのエピソードの科学的裏付けは、基本的には藤井健夫博士の著書『塩辛・くさや・かつお節』がもとになっている。しかし2002年に行われた、くさや液中にいる微生物をDNAから直接分析する実験の結果を見ると、従来型の「菌を環境から分離」する実験では見つからなかった菌も発見されている。つまり、くさやにはまだ未知の菌が潜んでいる。

ここで改めて言っておきたいことがある。
僕たちがよく知っている発酵食品には、科学的によくわかっていないことが山ほどある。なぜ何十年も研究しても謎が解明されないのか。理由は2つ。

  • 分離できる菌とできない菌がいる
  • 複数の菌が連携して行う発酵作用が分析しづらい
(小倉ヒラク著『発酵文化人類学』(木楽舎、2017)134ページ)

これらの理由の詳しい内容については本を直接読んでほしい。
いま僕が伝えたいことは、上の引用の通りである。
発酵とそこに働く菌群は、またその他の微生物たとえば土壌菌や体内細菌の類もみな、いまだに技術的な理由により生物的な同定がほとんど進んでいない。
菌群はその生態の要がほとんど認識できないためその生態を完全には制御できないことが認められながら、その作用によって明らかな価値を生み続け、諸文明の成立を支え続けてきた。