地理学者が哲学に目覚めたら最強だったんじゃないか

オギュスタン・ベルク著『風土学序説』を紹介します。

7 「風土」と人間は同時に実現する -1

プロフェッショナルという姿勢

ところで、現実的な問題に取り組む真剣味では、職業的な専門家の右に出る者はいないかもしれない。
前出『発酵文化人類学』には発酵活動のアマチュアもプロフェッショナルも登場するが、やはり後者の発言は現実をよりしっかりと受けとめていると感じる。
現実を受けとめるとは、ある「風土」において人間がどうにかできることと人間にはどうにもできないこととを見分けること、それができるほどに対象を見つめ対象のあり方に深く関わってきたということではないか、と僕は思うのだ。
前述のトリセツを用いていえば、対象のトリセツを読み解くと同時に、対象に確かに含まれているのにそのトリセツには書かれていないことの存在に気づくことだ、と。
僕が『発酵文化人類学』の中で一番グッときた箇所は、秋田市の日本酒蔵「新政」の杜氏、古関弘さんの試みと発言だ。
古関さんは蔵が雑菌で汚染されるという職務上最悪のリスクを含む諸々のリスクを管理しながら、個性ある酒づくりに取り組んでいる。
著者の小倉さん曰く

新政の酒づくりはリスク×リスク×リスクという、リスクの3乗をかけ合せた攻めの酒づくりであり、サッカーで言うところのグアルディオラ監督時代のバルセロナみたいなクレイジーさなのね。
(同書 290ページ)

さらに古関さんは原料や製法だけでなく、その特に経験を要する醸造作業を、あえて酒蔵の新人に任せる。
もちろん古関さんは彼らが経験不足によりミスを犯すリスクを抑える措置を採りながら彼らに業務を任せ、その結果としてこのような超ハイリスクと人的コストに見合う良い酒を作ることに成功している。
もしリスクが現実のものとなった場合には、製造中の商品は売り物にならなくなるしその後の業務も止まり、また以前のように製造を再開できなくなる可能性すらある。
それらリスキーな方法のいずれも、よりリスクの低い方法に替えることもできるのに、古関さんはそうしない。
なぜか。

小倉さんによると、古関さんは計算ずくでこのような製法にたどりついたわけではなく、酒造のキャリアを磨く過程で一度

「設計図どおりの酒づくりに限界を感じた」らしい。
(同書 293ページ)
そして上のような試みを実行し、成功させた。

酒のもろみの発酵する樽の横で古関さんがふとつぶやいた。

「わけわかんないことに賭けてみることで、オレの酒づくりの限界が突破できたというか…すげぇ良い酒ができるようになったんですよね」

(同書 294ページ)

ただ結果の成否を神仏に祈るのとは訳が違う、実務レベルでの「わけわかんないこと」頼みの姿勢である。
このような姿勢による行為の成功は、実は本人の自己実現と表裏一体である。
風土学の視点によればそれは、本人が(自分と他人のどちらでも)人間の努力だけで達成したと感じる成功ではかなえられない、本当の自己実現となる。
後の記事で説明するが、風土学によるとそれが人間にとって実存が達せられるということである。